Vol.26 リップル信者・鈴木 宙の「仮想通貨500万円が50万円になりました」

〜リスクとリップルと私〜

僕は、今でこそポンコツだが、小学生の頃は「神童」と呼ばれていた。
月曜から金曜までは地元の塾に通う毎日。
週末は、会員制の塾として有名だった「四谷大塚」に通っていた。今は週に2、3日しか働いてないが、当時は週7日、勉学に勤しんでいた。

僕は小学生から高校生まで、通知表5科目のうち、英語、国語、社会の成績は10段階で10評価だった。

しかし、である。数学、理科はやばいくらいに成績が低く10段階評価で2か3しかなかった。特に原因はない。単に、苦手だっただけだ。
ただ、私立大学は大半が3科目で受験出来たので、得意科目でそれなりの大学に入学できた。

あれから10数年…。

今から2年前の冬である。NHKを見ていたら、裁判所において眼光鋭い女性検事がいた。一目見ただけで、「この女、できる!」と思わせるお姿に圧倒的なオーラ!

そして、この女性の名前を聞いて驚いた。一度も会ったことはないが、どこかで聞いたことがある。とはいえ、顔を見ても思い出せない。美人検事だった。
そしたら、ふと頭をよぎった。彼女は「河合塾」の全国模試のランキングに、いつも上位に名前が掲載されている才女だった。かわいい名前をしている子だった。

僕も、彼女と同じくらいのランキングに名前が掲載されていたので、顔は知らないが「存在」は知っていた。

模試で上位者発表のたびに、僕の周辺に名前があったので毎回、勝手に彼女をライバル視していた。
模試の結果が出ると、自然と探して、「今回は勝った」、「今回は負けた」と一喜一憂したのを覚えている。顔も知らないのに、僕は彼女に恋をしていた。甘酸っぱい受験生の青春である。

話は2年前に戻って、そのNHKの番組を見ていたら、美人検事として画面の向こう側に彼女はいた。
出川組の僕はといえば、スマホの仮想通貨取引所アプリを見るたびに猛烈な勢いで通貨の価格が下がっている。特に、100万円以上突っ込んでいるリップルと、リスクは凄まじい勢いで落ちている。彼女が天に向かっているようだったら、僕は地に向かっている。

あのときテレビで見た彼女は、ダイヤモンドのように輝いていた。
リップルに例えると最高値400円を維持したままだ。
そのときの僕は、コインチェックのアプリを見ると仮想通貨があれよあれよと下がっていく始末だ。最高値から数分の1まで下がっている(当時)。

いくら人生に上がり下がりがあっても、これは酷すぎる。

絶望に次ぐ絶望…「カイジ」でボロ負けした人は、こういう気分を味合うのだろう。

ネットで彼女の名前を検索したら、僕の入った大学よりも偏差値は低かった。河合塾全国模試で争っていた中で、最終学歴では勝っていたのだ。
とはいえ、世の中、学歴ではない。僕とその子の「今」を見たら分かるだろう。

これから僕が、この女性を逆転できるとしたら、政界の闇で彼女が何かトラップに引っかかることくらいしかない。
全く恨みはないが、現時点で僕と彼女の立場の差は非常に大きいのが切ない。

10年以上前、東京の大学に来て、僕は浮かれていた。しかも、たまたまバーで知り合った人に雑誌社を紹介してもらい20歳でライターデビューをした。
当時、出版界はまだまだ景気がよく、大手出版社の雑誌は、原稿料が1ページで3万円とか5万円だった。

年収も20歳で月収100万円以上あった。仕送りも20万円くらいあったので、毎晩、遊びに遊びまくった。フラワー、イエロー、ヴェルファーレ、ツインスターなど…バブル後に流行ったクラブが熱かった頃だ。

しかも、出版関連の人間ということで、いつもオーナーがVIPルームに通してくれた。VIPルームには、見た目から分かりやすい石田純一系業界人から、アイドルやお笑い芸人が目の前で飲んでいて、地方で青春を送った僕にとっては刺激すぎる毎日だった。田舎もんの落ちぶれやすい例である。

あの頃はまぶしかった、まぶしすぎた! しかし、そのまぶしさに負けてしまった僕がいた。
そんないい時期は普通、長く続かない。だが、僕は運だけで生きているのか10年以上続いてしまった。
朝まで飲んで帰って、お昼過ぎに起きたら、出前かコンビニ。夜は渋谷、六本木、西麻布、完全に夜中心の生活になってしまっていた。
しかし数年前、一番大口の取引先でクーデターが起こり、僕が仲良くしていた編集者たちが左遷され仕事が激減。年収が5分の1になってしまった。今では支払いが多く、ヒーヒー言っている。

冒頭に書いた、検事になった彼女は、僕がのほほんと東京ライフを送っている時、真剣に勉強していたのだろう。名前をググったら、かなり意識が高そうなことが書かれていて、いつかは代議士になるのではないか。
そのとき、僕は何をしているのだろう。

Profile
文◉鈴木 宙(すずき・そら)
アメリカ・ワイオミング州で幼少期を過ごす。小学生の時、誕生日に買ってもらったマッキントッシュでプログラミングに目覚めるも、親の事業の失敗により日本に帰国。それ以来、原稿は手書きで書くのが信条。
小学生の時に市内のポートボール大会で優勝し、この競技で世界一を目指すことを決意する。
しかし、中学にはポートボール部がなく、バスケ部に入るも仮入部の段階で突き指をし、部活を断念。演劇部に入る。
とはいえ、演劇部には僕1人しか部員がおらず、3年間1人芝居を余儀無くされる。高校卒業後は、演技の勉強をするためにハリウッドで修行。だが、お金が続かなくなり帰国。その後、3年間、かしわもち工場で、もちに葉を巻きつける仕事をして100万円稼ぐ。そのお金を元にアメリカ・ペンシルバニア州に再度ダンス留学。
このとき、路上でダンスの練習をしていたら、サトシナカモトと出会い仮想通貨に魅了される。でも、後にそのサトシは偽物の詐欺師だったと判明。「ダンサーズコイン」なる偽物の仮想通貨を数十万円買わされて無一文になり帰国。
色々あった後、「仮想通貨で失った金は仮想通貨で取り返せ」を信条にリップルに投資。しかし購入後、大暴落。だが未だにリップルの可能性を追い求めているリップラー。
現在はフリーのライターとして活動すると同時に「月刊仮想通貨デジタル」の記事編集、執筆を手掛けている。


Twitterアカウント→ @sora50050

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